【電脳密室殺人事件】(4)  夜になると、私はパソコンに向かう。パソコンはノート型としては極めて初期の ものを知人にもらい受けた。フロッピー・ドライブの調子が悪く「読み込みエラー」 が出たりすることがあるが、ハードディスク内蔵で、ワープロソフトと通信ソフト を組み込んで使い、重宝している。これを使ってミステリやSFのようなものを書 いては、文学好きの仲間が集まるネットにアップロードして、仲間の作品を取り込 み、その感想を書いたりしている。  ネットにログインすると詩のコーナーには女性会員の作品が寄せられていた。そ れをダウンロードさせると、ログオフし、通信ソフトを終了させ、ワープロソフト でログを読みとる。女性の詩は「ひとりぼっち」という標題だった。  いつからかしらあたしのなかに  あなたが住むようになったのは    学校帰りの校庭であなたを見かけたときかしら  それともテニスコートで二度目にであったとき?  もしかして雨の日に駅ですれちがったときなのか  わからない    いつからかあなたはあたしのなかで  ゴム風船のようにふくらんでしまい  かたときもはなれようとはしなくなった    あたしのなかのあなたと、昼休みに  教室の窓から手をふった  風のようなあなたと    いつもあなたはふたり仲良しでいて  そしてあたしはひとりぼっち                            KANAKO この詩のログを読んで、私はどきっとした。詩の内容に驚いたからではない。こ の種の女子高校生的な詩は大手のネットの文芸コーナーには溢れているらしい。「 KANAKO」というハンドルネームを見たとき、例の殺人の現場で被害者がパソ コンに残したというのが、もしかしたらハンドルネームなのではないかと思 いついたからだ。いや、昼間この文字の一件を聞いたとき、そうかもしれないとい う考えが一瞬頭をよぎった。しかし、どう考えてもネームらしくない気もしたので、 その場では口に出さないでおいたのだ。 たしかに生活のために探偵の手先のような仕事はしている。しかし自分を探偵だ と思ったことなどこれまで一度だってなかった。 だが、今回は昔のアルバイト仲間の助っ人という役割を担っている。警視庁の刑 事が、無償とはいえ、私がパソコンに強いというのを見込んで声を掛けてきたのだ。 なんか、役にたってやりたいという気は充分にある。  私は詩の感想を書くのを後回しにして、ネットのフリートーク欄に次のようなロ グを書き込んだ。  「だれか、KKYAというハンドルネームの人を知っていたら教えて下さい」  私が利用しているネットは極めて小規模のBBSであるがそれだけに仲間意識も 強い。会員の中には大手のネットやインターネットを利用している者もいて、しか も情報通を自称するものもいるくらいだ。「……について教えて下さい」という書 き込みをみるとこうした会員が競って情報をもたらしてくれる。  数日後、ネットにログインすると電子メールが届いていた。   KKYAさんに関する情報。   埼玉の旅行愛好者のBBS「旅のれんネット」に「好好爺」さんという方がい  て、会議室によってと使い分けているそうです。新聞社を退職されたあと  系列会社で働いていて、オフミーティングの旅行にも1度出席されたそうです。  僕の友人がたまたま「旅のれんネット」の会員でシスオペさんとも懇意なもので、  その時の旅行の話を聞くことができました。KKYAさんはとても不幸な方で、娘さ  んが嫁ぎ先から実家に帰る途中、迎えに行った奥さんと一緒に乗り込んだタクシ  ーの交通事故でお二人とも亡くなられたそうです。「初孫ができるよ」と報告に  帰る最中だったということです。  矢熊だ。「好好爺」なのか。彼はパソコンが操作できたのだ。それはそうとして 新たな疑問が次々に沸いてくる。私はメールの返事を書いて、発信した。お礼と、 申し訳ないがその「旅のれんネット」に「井坂淳子」という会員がいないかどうか 確かめてほしいという内容の文面だった。